詩の本の思潮社

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新刊情報

齋藤愼爾『永遠と一日』

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待望の新句集


影の世の見えくる薄墨櫻かな

春寒の山の一つがはぐれをり

簪を挿して朧にまぎれざる

ちちははを容れてしまへば春の道

紅さして山河離るる雛かな
(「永遠と一日」より)


〈俳句で小説を書く詩人〉(野村喜和夫)――齋藤愼爾の2001年から2011年まで10年間の作品を集成。父、母、姉、〈3.11〉の死者たちへの鎮魂を響かす新句集。装幀=高林昭太、カバー写真=Armin Lehnhoff

本体2,600円+税
四六判並製・288頁
ISBN978-4-7837-3277-8
2011年10月刊

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大貫喜也『宙を飛んだ母』

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一点の曇りもなく


十代の初め 病床にあった父の死 そして相次いだ母の死
それからは 古里の豊かな自然環境が私の揺り籠
(「きら星の記憶」より)

人類同士の紛争がつづく現代、平和と希望をたぐり寄せようと、詩人は全方位へと目を見ひらき書きとめていく。第1詩集『黒龍江付近』を上梓した大学4年生の夏から、およそ60年、80歳をこえてなお、旺盛な好奇心に満ちみちた25篇。前作から7年ぶりの新詩集。

本体2,200円+税
A5判上製・94頁
ISBN978-4-7837-3276-1
2011年10月刊

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野村喜和夫『ヌードな日』

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第50回藤村記念歴程賞受賞!


ヌードな日、

知らない肉のゆくえを追え、
でなければ追われるハメになるだろうから、

そぎ落とされたのだ、
(「パレード2」より)


危機のいまを生きる戦慄そのままに、言葉が言葉を駆り立て、生が死を、死が生を駆り立てる。101の肉のパレードが剥きあらわれ、12の防柵がきらめく。詩のサバイバルのための、書き下ろし長篇詩。
装幀=田中勲


【著者の言葉】

ふだん、私たちの生は言語(ロゴス)という衣装を着ています。それで私たちは落ち着いて日々を送れるわけですが、ある日、何かをきっかけに、その衣装がとれてしまったら──という仮定のもとに書き下ろされたのが本書です。私たちはたんなる〈肉〉となり、滑稽にしてグロテスクな、怪異にして幻想的な姿をむきだしにすることでしょう。ちょうどフランシス・ベーコンの絵画におけるように。しかしそれはまた、私たちに別様の言語、つまり詩が──悪魔払いとして──到来する日でもあるのではないでしょうか。こう書くと、なんだか3・11のカタストロフをふまえているみたいですが、この詩集の大部分は、実は震災以前に書かれています。だからといって、詩には予言的権能があるなどと私は言いたいわけではありません。ただ、詩は言語の関係をあらたにするものなので、場合によっては未来から到来したようにみえるのです。ロシアのノーベル賞詩人ブロツキーもどこかで言っていました。私にこの一行を書かせるのは未来の言語である、と。

本体2,400円+税
四六判上製・104頁
ISBN978-4-7837-3270-9
2011年10月刊

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八柳李花『サンクチュアリ』

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生痕と死のあわいで


夜のなかに白く揺れるままに
陰影をうつす花影があらわで。
君が閉じた白はそんなにも
薄まるというから。
(「Sunctuary 03」より)


「言葉を愛すこと、そこから生じる情動に気づき、喜ぶこと。詩人の果敢な実践が痕跡として残るならば、千年後の夏にも一日を賭けて花が咲き、ここに在る言葉で再び夢を見ることができる」(藤原安紀子)。「この詩集において記述された、真昼であり深夜であるような死人の生、その一瞬一瞬の明滅と濡れと渇きは、収斂と拡散は、ある強迫に対してはアモラルであることを選び取るような身体と言語の準備のプロセスそのものなのだ」(安川奈緒)。〈在ること〉と〈不在であること〉をともに抱え込んで、解き放つ言葉の臨界点。
待望の第2詩集。写真=田中由起子


【著者のことば】

 H・S・クシュナーはラビなのだがとても進歩的なユダヤ教観(旧約への再解釈的な)を持っており、深淵に触れたユダヤ教思想は決して運命的な選民思想的なものでないことを裏付けている。それはユダヤ教観でもってタルムードを解釈しなおす(フロイト解釈によるフロイト自身のしくじり行為の検証のような)ものであり、偏狭的な聖典の解釈でありながら、宗教観そのものが根本的に抱えてきた価値の拠り所を深く洞察している。つまりクシュナーと読者の確信は、「神は善ではない」という共犯関係であり、論理の構造をそのような確信犯的隠匿にありながら『現代のヨブ記』はヨブの物語を紐解いていく。しかし、その自覚は傷なしには生まれえないものであり、痛みによって開かれた第三者的な視点によって裏打ちされており、この世にメタ言語が存在しないとするのなら、その世界の在処の喪失という覚醒が、新しい世界を開かれていて、丸いものに形作るのである。しかし、またそこから問いが浮上する。それは創造主からヨブへ与えられた問いである。世界の均衡と混沌、論理と非論理の線引きに対する、神自身からの投げかけ、挑戦状であるこの問いに直面した彼は、絶対的な孤独者である。ヨブは孤独のなかでくちびるを開く、「自分を退け、悔い改めます」(『聖書新旧同訳』ヨブ記42-6)と。開いたくちびるは、すぐさま閉じられたのだ。この沈黙のうちには、今さっきまでの語り手が進めてきた〈神の行為の検証〉から〈救いの嘆願〉への変遷という論理の飛躍がある。この論理値の掛け違いに、現代詩は鋭く食い込むのではないか。
 その断絶こそが"punish"や"penalty"の原語であるラテン語の"poena"すなわち、(我々が沈黙により飛躍したように)音韻で障る poematis(詩)そのものである。切り開かれたpoena(傷)つまり裂け目そのものなかに詩の本質は覘いているのである。


本体2,200円+税
A5判変型並製・106頁
ISBN978-4-7837-3268-6
2011年10月刊

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木村透子『黄砂の夜』

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現在の神話


記憶の吃水線に影法師が
立ちあがる
わたしを誘う
ように
して

ようやくあなたの後ろ姿に
追いついた
ゆっくりと
ふりかえる (「黄砂の夜」より)

「折から3.11を経て、わたしたちの詩のもつ危機意識もどうあるべきか、内面からとらえなおそうとされているが、私は木村透子の現実凝視による神話構築のこの方法は、そこにも耐えうる普遍的な方法としての価値をももつように思われる。ばねの効いたスリリングな物語詩集を心から喜びたい」(倉橋健一)。詩の思考とスケールに鋭さをました第2詩集。

本体2,200円+税
菊判変型並製・98頁
ISBN978-4-7837-3262-4
2011年10月刊

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藤井貞和『春楡の木』

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第3回鮎川信夫賞受賞!
第62回芸術選奨文部科学大臣賞受賞!


あと1ミリグラムがほしい、
一滴を砂漠に。
砂漠のちいさな、
にんげんのかくれがに、
一滴が足りなくて。
(「1ミリグラム」より)

「前後二か月だけが大切なのだな、その範囲内にあるのが現代詩なのだとすると、これからさき1か月なら現代詩は持ちこたえられると知られた」(「春楡の木」)。いのちの震えを詩に託す。闇をかきわけ、荒れ地に生い出る言葉たち。あらゆるかたちの試行から、いまに立つ。装幀=奥定泰之

本体2,600円+税
菊判変型上製・114頁
ISBN978-4-7837-3253-2
2011年10月刊

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暁方ミセイ『ウイルスちゃん』

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第17回中原中也賞受賞!


緑色地帯から
発光している
しがつの霊感の、稀薄な呼気だけを肺胞いっぱいに詰めて
そのまま一生沈黙したい
(「呼応が丘」より)


「自分や世界が浄化されること、消滅への恐れと憧れ――それを思想とも感情とも言ってよいのだけれど、思想ほどおもくはなく、感情ほどべたついていない」(井坂洋子)。「あなたは、血液をはりめぐらせて、ずっと見ている。世界を見続けていく」(高貝弘也)。2010年第48回現代詩手帖賞受賞の詩人による、待望の第1詩集。 装幀=カニエ・ナハ

本体2,200円+税
A5変判並製・112頁
ISBN978-4-7837-3261-7
2011年10月刊

お待たせいたしました。 重版が出来上がりました。

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タケイ・リエ『まひるにおよぐふたつの背骨』

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あかるんでくる


枝葉の繁るまひるの闇
(打ち砕く)舌を押しつける
(「岸」より)


「身体に閃く感覚の瞬間。そのことに向き合って、言葉の眼差しでひたすらに見つめ、言葉の指先で探っていったところから、理屈では切り拓くことのできない時間と空間があらわれてくる。詩の地平となった身体だけが、その場所に届く」(川口晴美)。自分のものとなったたしかな言葉をぎりぎりまで追いこんで、言葉そのものの身体に至る第2詩集。写真=渡辺寛之

本体2,000円+税
四六判並製・94頁
ISBN978-4-7837-3269-3
2011年10月刊

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渡辺玄英『破れた世界と啼くカナリア』

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(声、聞こえる?


(失踪したあとの繃帯(の白
薄いカミソリ刃に指をすべらせて
いまは壊れたほうがいいから
ぼくらわたしらは壊れて(いる
(「ガラスの破片」より)


すべての断定を宙づりにしながら、何一つ確かなことのない「セカイ」を描く。『火曜日になったら戦争に行く』『けるけるとケータイが鳴く』に続く、世界への切実なる疑問符。

本体2,200円+税
四六判並製・94頁
ISBN978-4-7837-3267-9
2011年10月刊

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今井義行『時刻の、いのり』

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いま、抒情詩であること


いいか きみたちは私生児であることを
けっして気になど懸けないと誓いなさい
きみたちは 私人によって記録をされた
つたわるための 白い渡り鳥なのだから
(「私人」より)


「本書がいわば理念的にも物理的にも「書きっぱなし」であり、時にあまりに「散文的」であるにもかかわらず、確かに「詩」を感じさせるとすれば、それは「日常」が非日常となし崩しに接続してしまっているように「散文」が「詩」に、「なし崩し」をひとつの方法として接続しているからにほかならない」(田野倉康一)。どんなに傷つけば、あなたの痛みに詩が届くのだろうか――いま、ここにある、110篇の抒情の雫。装幀=中島浩

本体2,400円+税
A5判並製・152頁
ISBN978-4-7837-3257-0
2011年9月刊

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伊藤悠子『ろうそく町』

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第44回横浜詩人会賞受賞!


そうしてある日
唐突に
姿を見かけなくなって久しいものが
遠く影を傾け
なつかしさとさびしさの飛沫を浴びせるのだろう
(「暗い夜のうちを」より)


ろうそく町は静けさだけがたよりの町です――。勁く、澄みわたる言葉の一語一語は、生きるそのひとのすがたを思わせる。目の前の何気ない風景から、ずっと遠く、視線をたしかに届かせる26篇。装幀=森本良成

【著者の言葉】

心を捉えられたり、揺さぶられたりしながら、その日一日を、或いは遠い昔をひっそりと思い返して、生きている。この世は荒野であると思うこともある。社会の歪みに加担しているのではないかとわが身のあり方も思う。遠い日から受け継がれてきた罪科におののきながら、眠りの階段を落ちていく夜もある。それでもなお、そこはかとない人懐かしさ、この世(そこには亡くなった懐かしい人もいるようでもあり)への慕わしさはあって、その気持ちが、このわずかな乏しい詩を、そっと詩集にしてみたいと思わせたのではないか。もしもいつかどなたかが読んでくださったら、うれしい。

本体2,200円+税
A5判上製・96頁
ISBN978-4-7837-3258-7
2011年9月刊

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北原千代『繭の家』

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ひかりをはなつ


招かれて
籐かごをゆらして
ナンキンハゼのまるい実がこぼれ
降りつもった紅葉の
砕かれて鳴る小径を
(「入り口はこちら」より)

「この詩集の22篇の詩は、北原さんの内なるみずうみから汲み上げられた、豊かで奥深い水の声からなっている。いのちの神秘を語る彼女の美しくも妖しい声に魅せられて、私はいつの間にかその昏い水辺に導かれている」(新井豊美)。繭のなかから零れるように、光をはなつもの、触れられそうで触れられない、その中心に、しずかに近づいてゆく。


【著者の言葉】

 繭の家のイメージは、どこからか不意にやってきて親しい存在となった。可塑性があり、体温と湿りを有している。人が生きている間まとう肉体、あるいは地上で住まう家の象徴のようでもある。
 人体の六割以上は水分だそうだ。誰もが水をゆらしながら、ちいさな眠りとめざめを繰り返し、地上の時を歩いているのだろう。水平方向だけでなく、天を仰ぐときに心身が意識する垂直の動きを尊び、描いてみたいと思った。
 言葉そのものがもつ美しい想念に憧れながら、わたしが両手に受けたのは、水を帯びた声、まだ誰にも話されたことのないものがたりだった。岸辺や沼地、土塚、朽葉の重なりのようなところに手を差し入れ、こぼれおちた声をひろいあつめた。思いがけず美はすぐそばに育ち、ささやかなものにも光は射していた。
 この第三詩集は、尊敬する詩人、遠くや近くからたいせつに見守って下さる方々に支えられ、ようやく生まれた。わたしはこのことをずっと忘れないだろう。

本体2,400円+税
A5判上製・96頁
ISBN978-4-7837-3263-1
2011年9月刊

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田中郁子『雪物語』

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たどりつけば憶う


去る日には百日草の花があかい
カラスアゲハがふるえながら蜜を吸っている
山と山に囲まれた辺境があった
(「ノドの地」より)

土を耕し、糧を得る山あいでの暮らしのなかで書くことが生きる力となり、老いと孤独、闇を深く見つめる眼差しは、自然そして生命のエロスとかがやきをともに見つめ続ける。大地と天に聖なるものへの光を託す26篇。


【著者の言葉】

 いつか、ゆっくりと自分の時間と自分の部屋が持てると思っていたが、未だにドタバタとした農家での生活のまま七十代になってしまった。けれど七十代が二十代より幸せが薄いとも思っていない。朝日も美しいが夕日も美しいとしみじみ痛感している。生きてきて思い浮かぶことは、七つ目の詩集が持てることと、最晩年の病気の母を、八年間、自宅介護できたことである。その八年間は長く苦しかったが、母の生涯を知らされる、またとないよい機会だったと思っている。人はよく働き、よく老い、よく病み、天に召されると誰かが言った言葉どおりの生涯だった。亡くなる一年前ぐらいのこと、わたしは、ネタキリの母に聞いた、「かあさん、今までで一番たのしかったことはどんなこと?」すると「楽しかったことなど何一つなかったよ」、それは私にとって忘れられない言葉となった。大正生まれの母は、岡山県北の農家に嫁ぎ、太平洋戦争、戦後を駆け抜けてこの世を去った。古い紙切れに短歌が残っただけで。けれどそこには、私の知らない母の思いが綴られていた。戦時中、都会から二家族が疎開してきた。母は、日ごとの食糧のために骨身を削って働いた。またある日、母は告白するように、さりげなく言った。「疎開家族が十一人増えて、オカユばかりで、空腹で働けず、土蔵に貯えてある、砂糖、みそ、塩を口にして飢えをしのいだが、とうとう見つかってひどく叱られた……」と。
 母は私の望みは大抵かなえてくれた。母の生涯の悲しさ無念さえを、解き放つごとくに、私の心の中に芽生えてくるものがあった。土蔵が出てくる作品は、母をデフォルメしたものである。そして、皮肉なことに疎開してきた二家族ともにクリスチャンだった。都会生活しか知らない祖母は貧しい廊下で讃美歌をうたい続け、母は汗と涙で田畑や山野で働き続けたのである。この時、私が聖書に近づくほどの影響を受けていたのは事実である。

本体2,200円+税
A5判上製・98頁
ISBN978-4-7837-3265-5
2011年9月刊

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網谷厚子『瑠璃行』

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第35回山之口貘賞受賞!


三叉路に辿り着くと おばあの姿はない 二人が座っていた 石の椅子もなくなり そこには 大きな石敢當が立っていた 紅いもを食べなくてよかった と思いながら 坂道を登っていく 剥げた青やピンクの壁の間を 一匹の野良犬のように うなだれて縫っていく ここまでやって来た そうして これから どこへ
(「青の果てまで」より)


南島を縁どる光と闇、止むなき生と死の明滅。自然と歴史の織りなす、圧倒的な対比の奥へとわけ入り、詩人は記憶の水脈をひとつずつ探りあてていく。沖縄・名護から現在に向けて解き放たれる、6年ぶりの新詩集。装画=福地靖

本体2,200円+税
A5判上製・98頁
ISBN978-4-7837-3260-0
2011年10月刊

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山崎純治『通勤どんぢゃら』

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どこに運ばれていくのか


あ、
ほーいほーいの
平べったい街に
電車を放った
湧き出てくるおっさんらおばさんら
ぎゅうぎゅう詰めにして
(「どんぢゃら」より)

車窓に映るのはどんな顔だろうか。「毎日の繰り返しが顔であることの自明と驚きに向き合って、日常の向こう側を詩に書き下してやりたい」(あとがき)。たくさんの無表情に見えた顔がときにゆがむ。街もゆがむ、電車もゆがむ、線路もゆがむ。通勤電車からこぼれ落ちた22枚の異界への片道切符。装画=矢野静明

本体2,000円+税
四六判並製・100頁
ISBN978-4-7837-3259-4
2011年9月刊

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