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渡辺玄英『破れた世界と啼くカナリア』に寄せて

2011年10月31日

渡辺玄英さんの新詩集『破れた世界と啼くカナリヤ』の刊行を機に、今回の詩集についておうかがいしました。





『破れた世界と啼くカナリア』というタイトルは東日本大震災や原発問題を対象にしているみたいですが、ずいぶん以前に決定したものでした。収録作は一篇を除いて他は全て3・11以前のものです。2009年にゆるやかな連作として、このタイトルの数篇を文芸誌や新聞などに発表し、詩集にはそのうちの二篇を収録していますが、その頃にはすでに新詩集のタイトルに決めていたのです。


 このタイトルの背景にあるのは二つのことです。一つは、私たちの社会はすでに〈滅び〉を孕んでいるだろうということ。社会とそれを支えているシステムばかりでなく、都市的空間もそこで生きる人も、つまり私たちの「文明の風景」がすでに〈滅び〉を孕んでいる。もうそのことが様々な局面で顕在化していて、表面はどんなに平穏でも、この風景にはレントゲン写真に映る嫌な影みたいなものが浮かび上がって見えてしまう。


 二つには、今の私たちにとって、きちんと機能している〈世界〉はもう無いんだという認識です。むろん、過去にも無かったということも出来ますが、幻想だけどきちんと機能する〈世界〉があったと思うんです。よく〈大きな物語〉とか〈大文字の世界〉とか言いますが、そうしたものが力を失って、世界の在り方を原理的に理解することが困難な時代に、私たちは生きているのではないでしょうか。私たちを救ってくれるような原理的な解答が成立しにくい時代なんだ、と。希望を託せるような〈大きな物語〉は無効なんだ、ということです。


 一方、個人の周辺に発生する〈小さな物語〉のことを、この作品集ではカタカナで「セカイ」としています。これはパーソナルエリアを近視眼的に支える幻想で、個人の小さな生の範囲に理由を与えてくれるもの。でも、この「セカイ」も個人に安寧を与えてくれものではありません。すごく不安定で刹那的で、しかし、それを手放すことも出来ない。それを否定したり手放したりは出来ないけれど、だからといって救われもしない、といった「セカイ」。そこに救いや正解めいたものは決してありません。でもその不安定な足場を、現在の私たちは見つめていくことでしか存在できないのではないか。


 すでに超越的な、かつ原理的な世界は、もうほとんど不可能だとしか思えない。たしかに超越的に世界を説明すると、なんだか全体が判った気になります。たとえば海に浮かんだ小舟の上で、地球全体の海を把握して視界に収めることができれば凄いけれど、実際は周辺の海原しか見えなくて、ぐらぐら揺れて、いつ嵐が来るか不安で、いやそれよりもどこに港があるのか良く分からなくて、あるいは鮫に襲われるかもなどと妄想が湧いてきたりする。実際は手元に地球儀とか海図があっても何も救われないわけです。そもそもその地球儀は本当なのか。昔の世界地図を見ると、あり得ないような不思議な形をしているけれど、今のものだって信用していいとは限らない。超越的な視線とは元来胡散臭いものなのかもしれません。つまり、それらしい世界地図や海図を提示するようなことは、自分としてはできない選択でした。


 もっとも、当面の足場になっている小舟だって当然不安定だし、天候の変化や潮流にすぐに巻き込まれてしまうし、出口のない夢、しかも無数の夢を乗り換えながら進んでいくみたいにしか生きられない。あるいは、眼前の海原だって、これは本当に海なのか、もしかしたら巨大なプールかもしれないし、この風景や、漂流する自分だって幻想かもしれない。そのあたりの消息、空気感みたいなものが、作品の中に醸し出されていたらいいなと思います。


 これまでわりあい若い、それほどコアではない現代詩の読者からお手紙とかメールをいただくことがありました。また、以前の詩集『火曜日になったら戦争に行く』は、漫画や音楽のクリエイターに創作の切っ掛けにしてもらうという幸せな経験がありました。今度の『破れた世界と啼くカナリア』もそんな風に、他の表現者に何かを感じてもらいたいし、表現者を含めて多様な人たちとの出会いがあるといいなと思っています。






渡辺玄英(わたなべ げんえい)福岡市在住。
詩集に『海の上のコンビニ』『火曜日になったら戦争に行く』『けるけるとケータイが鳴く』がある。







清岳こう『マグニチュード9・0』新刊インタビュー

2011年09月15日

3月11日に仙台の勤務校で被災してから一ヶ月間の詩篇を収めた詩集、『マグニチュード9・0』が刊行になりました。清岳さんは現在、ボランティアスクール「ことばの移動教室」など、精力的な取り組みをされています。書面にて取り組みを通じた被災地のいまを伺いました。

ことばの移動教室


震災後の風景を「敗戦直後のようだ」と言う人たちがいます。最初、その言葉の意味がよく分かりませんでしたが、六ヶ月経った現在、深く納得するものがあります。
ここ二ケ月ほど出かけた時、今まで仙台で見たことのなかった風景に出くわすことがあります。突然、どなり声が起こりいつまでもその声が止みません。「品物が少ない。」「空調が効いていない。」「通行の邪魔だ。」中には、相手の車を激しくたたきだす人まで。皆がいらいらしている、疲れているのです。地震直後は「心をひとつに」「私たちは負けない」とスローガンがはためき、高揚していた気分がほころび始めたのでしょう。

「ことばの移動教室」のボランティアを立ち上げたのは桜の花が終わるころでした。「心の支援が欲しい。一回きりではなく、子ども達と長く付きあってくれるような支援を。」と小学校の校長に言われたのがきっかけでした。
小、中、高校と要請があれば出かけて行き、「詩」を書いてもらおうというボランティアスクールです。準備に一ヶ月。共に活動してくれる大学生達と心理療法士の話を聞いたりして準備を整えました。皆の一致した意見は心に深い傷を負った子どもに現実を見つめよう、書こう、というのは過酷だ。時間をかけて自然に、と。
ところが、あるお母さんのせっぱつまった声が私達のお尻を叩きました。地震以来、小学六年生の女の子が口をきかない、何を言っても「ふん」「けっ」だけ、何とかしてほしい、すぐ書かせてと。私の呼びかけに応えて、詩を真っ先に書いてくれたのは小学二年生の弟でした。姉の六年生は、相変わらず「ふん」「けっ」の日々。その女の子が何週間も経って、一篇の詩を渡してくれました。タイトルは「地震にリベンジ」でした。他に友達を津波で亡くしたり、石油基地の火災で父親が失業した高校生たちも噴き出すような思いを詩に書き始めています。この児童・生徒の詩集を出したいと資金集めも含め、東奔西走しています。


清岳 こう(きよたけ こう)宮城県仙台市在住。
詩集に『失せ物いでず』『千の腕をひろげて』『凸凹をなぞりながら』
『浮気町・車輌進入禁止』『天南星の食卓から』(第十回富田砕花賞)
『創業天明元年ゆきやなぎ』『白鷺になれるかも知れない』『ウェディングベルを鳴らせ』
『風ふけば風』など。平成二十一年宮城県芸術選奨受賞。「歴程」同人。