詩の本の思潮社

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橘上『YES(or YES)』

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物語かく語りき


みぎてでひだりてをつぶそうとする
いつもどおりのあめりか
そのみぎてのなかに
ふるえるもりがみえる?
(「あめりか」)


こたえはいえすだ、あるいはいえすだ――第1詩集『複雑骨折』の衝撃から4年、あの橘上が、言葉を声に乗せることで獲得した新しい詩のリズム。いま、口ずさまれるべき詩はここにある!


『YES (or YES)』刊行記念ライブ(動画)

刊行記念ライブ アフタートーク(動画)

橘上ホームページ

本体2,000円+税
四六判並製・82頁
ISBN978-4-7837-3248-8
2011年7月刊

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近藤洋太『筑紫恋し』

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六十年近ク 何ヲシテキタ……


母サン 見エテイマスカ
夏樹ガ結婚シタンデスヨ
相手ノ女性ハ八歳年上
驚キマシタカ
(「祝辞」)


私はまだ生涯でやりたいことのいくらもやっていない。なのに悠々自適とはなんだ――。定年退職、母の死、そして息子の結婚……。人生の節目に立たされて、なおも生き抜くために、書かれなければいけない詩があった。晩夏に鳴く法師蝉の、新しい出発のための12篇。装幀=佐々木陽介+山田裕里

本体2,400円+税
A5判上製・88頁
ISBN978-4-7837-3249-5
2011年7月刊

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田中佐知全作品集

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砂に想いをかけて


これ以上砕きようのない
小さな いのちだから
なおさら
己れを見つめ叫ぶのだ
それは
わたしを言い張る わたしに似ている
(「一粒の砂」)


「田中の詩に込められた、言いあらわせない大きさと激しさ。何よりもそれは世界との固い約束のようになって、瑞々しい精神の砂浜の上で灼けるようになり、在るのだ」(和合亮一)。『見つめることは愛』から『二十一世紀の私』までの詩とエッセイを網羅。自作詩朗読CDと豊富な資料付。宇宙の最小微粒子、砂に自己を仮託した詩人の全貌を見晴るかす。栞=國峰照子、和合亮一、小池昌代

本体9,000円+税
A5判上製函入・616頁
ISBN978-4-7837-2357-8
2011年7月刊

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國峰照子『ドン・キホーテ異聞』

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機知よさらば、洒落よさらば、愉快な友よさらば


炎がゆらめいて告げる
闇があるから炎が見えるのか
炎があるから闇が見えるのか

やれやれ
ことばってやつは
噛みしめるほどわからなくなる
(「焚火」)


ときに撒かれ、また出会い、そうしてほまれ高い騎士物語の本は焼き捨てられた――。手だれの詩人は騎士と従者の一行を追って、しなやかな機知を縦横に織りなす。幻出する絶妙の異景。挿画=藤富保男。

本体2,200円+税
A5判上製・98頁
ISBN978-4-7837-3236-5
2011年7月刊

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藤原菜穂子『永瀬清子とともに――『星座の娘』から『あけがたにくる人よ』まで』

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ほとばしる生命の歌声


いまはただ、「何をなせしや 何をなせしや」と聴こえてくる声に全身を傾けている。そこには埋めることのできない「欠乏」と同時に不思議な開放感がある。茫漠とした時空に全身を解き放ち、清子は独り泳ぎ進むように見える。


若き日に、同人誌「黄薔薇」で永瀬清子と活動を共にし、晩年に至るまで、畏れ、ときに反発しながらその背中を追ってきた日々を丹念に綴る評伝集。資料と実際の清子との深い交流をもとに、作品を詩集ごとに精緻に読み解く。02年から07年まで「アンブロシア」に連載、永瀬清子の全体像を鮮やかに描いた渾身の一冊。

本体2,600円+税
四六判上製・266頁
ISBN978-4-7837-1670-9
2011年6月刊

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森川雅美『夜明け前に斜めから陽が射している』

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あなたに


立ち止まるごく短い収縮で顎は途絶え
土が土の重みを埋もれることが首の骨を乱す
低い枝葉は手折らないでくださいと殴られ
なぜ私はここで月を見上げているのか
(「† 三宅流さんに」)


「詩は何かを声高に訴えたり、感情を吐露することではない。安易なヒューマニズムでもない。現在の荒涼なら荒涼を、正確に描くこと。そしてその後には、地獄めぐりの後のような救いがなければならない。自分の詩にそのような力があるのか、自らを瀬戸際まで追いつめる」(後記)。「あること」のはかなさを踏みしめて、なおも書くことへ。光と水と――。献げる詩36篇。装画=石田尚志

本体2,400円+税
A5判並製・126頁
ISBN978-4-7837-3240-2
2011年6月刊

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岡本勝人『古都巡礼のカルテット』

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寺院が奏でるポリフォニー


白い道をよぎって 意識よ 休息せよ
なぜか 東西南北
きみたち 無意識のゆくにまかせる
渇ーっ!という声が 響きわたる
(「第一楽章 昼も夜もない星に歴史はやってくる」)


「男は歩く。大和の古寺から古寺へ。仏陀の思惟のほうへ。女も歩く。ローマの四辻、噴水のほとりを。詩人も歩いた。パリを駆け抜け、砂漠を過ぎて。人間のざわめき、風の音、海の音。おん。ばさらくしゃ。あらんじゃ。うん。そわか。男の口から洩れてきた」(高橋英夫)。奈良や京都をめぐる歩行と思考を、西洋芸術との対置を織りまぜつつ、軽妙な旋律へと昇華させる。著者長年のフィールドワークが結実した、渾身の五楽章。装画=森田和彦


【著者の言葉】
ながいあいだ、ヨーロッパの街と奈良の寺々を歩いてきたが、思わぬことでこのふたつが対位法のようにひとつの長篇詩となった。昨年は、期せずして奈良遷都1300年の年であったが、その中心は、仏教伝来である。日本人の言葉の運びはとてもゆっくりとしているので、ヨーロッパの詩人が書くような詩とはならないが、色彩が織りなす姿は、あたかも音楽を聞くように言葉の流れる詩の世界となっている。
西洋と東洋の感性を同一の場所に、あたかも共時的にとりこむ手法は、アナロジーという概念によってのみ可能だ。宗教も文化も都市も街もひとの風景もそれぞれちがうが、アナロジーの幻影態をプリズムとして通過させてみると、まるで親子や兄弟のように意味連関の相似としてみえてくるから不思議である。
この詩集は、古都奈良と東アジアへの志向性をもった長篇詩だ。人が生きることは、ながいスパーンでみれば、同一性と差異であったり、同一性と反復であったりするが、手持ちの言語を入れかえとっかえして詩作するのではなく、古典を読みそこから人生の街道を詩によって書く難路をもって考えていきたいと思う。

本体2,400円+税
A5判上製・114頁
ISBN978-4-7837-3245-7
2011年5月刊

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