現代詩文庫『杉本真維子詩集』
言葉なきものに 眼差しとして
言葉なきものに 眼差しとして
「いいことばかりじゃなかったです、とてもとても
あなた、かってなことばかり言って
過去、なんて、その程度のものなのですよ」
わたしではない口が
不満気に、でも、きっぱりと、言い放った
まばらな拍手はぐねぐねと体内をめぐり
私語をやめ
硬い岩となって野原でめざめる
あなたのつごう、あなたのはんだん、
あなたの、滲む血のかたちは、
ぜんぶ、その身体に、とじこめてあると
博士は言った
きっと誰にも褒められなくてよい
そのちいさく何よりも華やかな拍手のために、
ひとはふっくらと一人である
(「拍手」)
一日は長いヒモだ。結ぼうにも端はなく、いつ昏れたのかわからないまま翌朝になっている。そこを割って入る杉本真維子の詩作は、デモーニッシュな力が働いているように見える。そうしなければ、楽に息ができないというこんとんの淵からの生還なのだ。――井坂洋子
『点火期』から『袖口の動物』『裾花』をへて『皆神山』まで、既刊4詩集全篇、及び未刊詩篇47篇を収録。底知れない視線、切りつめた発語で、2000年代以降の詩に鮮烈な実りをもたらした詩人の全貌。
解説=瀬尾育生 蜂飼耳 阿部嘉昭 文月悠光
〇関連書籍
『皆神山』
『裾花』
「現代詩手帖」2024年3月号「特集・杉本真維子、生を象る発語」
「現代詩手帖」2015年4月号「小特集・杉本真維子『裾花』を読む」
1650円(税込)
四六判並製・160頁
ISBN978-4-7837-1031-8
2024年9月刊