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田口哲也『ロンドン日記ーー突然ときれた記憶』 


旅の恥は書き捨て


スチュアートたちとも別れを告げて、ベンとエスターと私の三人は足早にオールド・ストリートを北上し、地下鉄の駅へ向かう。水溜りを巧みにサイドステップでかわすエスターのブーツを見ながら、ベンと日本のロックについて話をする。地下鉄の入り口が見え始めたあたりからエスターのブーツの動きはさらに速くなり、ついに私たちは走り始めた。しかも中途半端な速度ではなく、かなり全力疾走に近い。パンクはなぜいつもこう走るのか。/私たちは切符も買わずに開きっぱなしの改札から構内に飛び込み、停止したエスカレーターを転げるように駆け下りる。風が下から吹き上げてくる。長い、長いエスカレーターを一気に駆け下りると、吸い込まれるように発車寸前の電車に次々に飛び込む。やったとばかり、ようやく振り向いたエスターの笑顔が見える。ベンが蝙蝠のようにコートを羽ばたかせて水を切ったところで電車はガクンと動き出した。電車の窓ガラスから見える、壁に並んだ広告が走馬灯のように動き出し、床から伝わるモーターの音に引っ張られるようにして私たちはロンドンの地下を歴史のように走る。この街はなんだかいつまでたっても十九世紀のようだ。
(「8 ニコラス・ホークスモアの奇怪な教会建築の脇を抜けてスチュアート・ホームとゲイ・パブで会う」)


「私たちの意識は現在にあるので、記憶は現在の刺激や経験がきっかけになって立ち現われる。要はトワイライトゾーンだ」(あとがき)。ネオ・パンク的20世紀末ロンドンへ。海馬を鞭打ち、女神を呼び出す、12のスケッチーズ。「gui」好評連載を収める散文集。装幀=中島浩

本体2200円+税
四六判変型上製・174頁
ISBN978-4-7837-3902-9
2018年7月刊

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